木目込み人形と真多呂人形の歴史(4)

平安の美を求めた、真多呂の新たな木目込み人形

真多呂人形

現在の木目込み人形の世界

こうして数多くの人形制作ができるようになった木目込み人形は、さらに発展していきます。

二代目名人、吉野喜代治の手法を伝授し、現代の木目込み人形を確立したのが、初代金林真多呂です。
彼は喜代治のほかに、同時代の名人春山からも伝統技法を受け継ぎ、二人の師の教えに自分自身の創意を加えて、「真多呂人形」を完成させました。

真多呂人形は、これまでの浮世絵、歌舞伎物、あるいは童物のほかに、平安朝の美を題材にした平安絵巻の雅やかな世界のものまでも表現しています。
また、人形の大きさもやや大きめにして、いままでの木目込み人形のイメージを一新して、現在の木目込み人形の世界を築きました。

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木目込み人形と真多呂人形の歴史(3)

明治時代の画期的な木目込み人形の変化

木目込み人形の制作

木目込み人形の原型づくり

明治の初め頃までは、誕生当時のままの技法で、木目込み人形は作られてきました。
それは、柳の木を一体ずつ彫刻して仕上げるために、時間と手間がたいへんかかり、制作個数が極端に限られたものでした。

その頃、京都で賀茂人形作りの修行を積んだ人形師、吉野栄吉は「なんとかしてこの人形を一般庶民に普及させたい」という一念でいろいろと研究を重ね、じつに画期的な手法を考案しました。

それは、従来どおりに木を彫って作った人形を原型にして、松やにを利用した鋳型に、木(主に桐の木)の粉末と生麩糊をまぜ合わせた桐塑を詰め込み、原型とまったく同じ塑像を作り出すというものでした。
この塑像は木のように彫ったり削ったりでき、型崩れしない、まさに理想的なものだったのです。

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木目込み人形と真多呂人形の歴史(2)

素朴な賀茂人形の特徴

賀茂人形

もてはやされる珍しい木目込み手法と、豊かな趣

賀茂人形が作られる以前では、人形と言えば、縫い合わせた着物を着せる、いわゆる「着せ付け人形」か、木彫りに直接彩色を施したものばかりでしたので、この木彫りに筋を入れて衣裳を木目込むという新しい手法による人形は、たいへん珍しがられたようです。

初めのうちは「賀茂人形」あるいは「柳人形」と呼ばれましたが、名人の大八郎が有名になってからは、「大八郎人形」とか「大八人形」といって京都の高級なみやげ物としてもてはやされました。

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木目込み人形と真多呂人形の歴史(1)

木目込み人形のルーツ、賀茂人形の誕生

賀茂人形

木目込み人形の創始者・高橋忠重

木目込み人形は、いまからおよそ260年前の江戸元文年間に、京都の上賀茂神社に仕えていた高橋忠重という人が作った小ぶりの人形が「木目込み人形」の始まりとされています。

高橋忠重は、当時、上賀茂神社に仕える堀川家で宮大工をしていました。
この堀川家は神官で、代々、祭り事に使用される諸道具を上賀茂神社に納める職にありました。
その道具の一つである「柳営(神事に用いられる小物を入れる箱)」を作った時の端材を、暇なおりに忠重が削って人形にしていたようです。

その人形は鴨川のほとりの柳の木を素材に木彫をほどこし、そこに溝を掘り神官の衣裳の端切れをきめこんだものでした。
木彫りのあとに磨きをかけることもなく、青みがかった柳の木肌がそのまま生かされた、とても味わい深い人形です。

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